川越市議会議員

中原ひでふみ

HIDEFUMI NAKAHARA

中原ひでふみのプロフィール

主な経歴(4期15年)

2011年 初当選(以降、4期連続当選)
議長(第90代)副議長(第78代)
川越市 監査委員
議会運営委員会 委員長
総務財政常任委員会 委員長
川越地区消防組合議会 議長(第27代)
Citibankなどの外資系金融機関で要職を歴任
NECでキャリアをスタート
1995年より川越在住(30年)
福岡大学 工学部 電気工学科 卒業
1962年 鹿児島県枕崎市生まれ
1962年(昭和37年)鹿児島県枕崎市 生まれ
福岡大学 工学部 電気工学科 卒業
1995年(平成7年)娘の誕生を機に川越へ移り住み、以来30年以上この街で暮らす
▼ ビジネス経歴
NECでキャリアをスタート
Californiaへの米国留学で海外情勢を学ぶ ─ 妻との出会いもこの時期
ベルシステム24にてコールセンター運営・業務改善提案を行う
Citibank(シティバンク)
Fidelity(フィデリティ)
Tokyo Star Bank(東京スター銀行)
世界有数の外資系金融機関本部機構にて企画部長などを歴任(マーケティング統括・事業戦略立案遂行)
マーケティングプロフェッショナルとしてコンサルティングレベルの実務経験を有する
▼ 現職
【2026年(令和8年)4月1日現在】
川越市:
監査委員
川越市議会(4期15年目)
総務財政常任委員会 委員
会派:
初雁自由政令会 代表
▼ 川越市議会
2011年 初当選(以降、4期連続当選)
議長(第90代)
副議長(第78代)
議会運営委員会 委員長副委員長(4回)
総務財政常任委員会 委員長
産業建設常任委員会 副委員長
川越駅周辺対策特別委員会 副委員長
総務財政常任委員会 委員(現在3回目)
文化教育常任委員会 委員
保健福祉常任委員会 委員
産業建設常任委員会 委員(3回)
いじめ対策特別委員会 委員
2020年東京オリンピック・パラリンピック対策特別委員会 委員
川越地区消防組合のあり方に関する特別委員会 委員
広報紙編集委員会 委員
政務活動費経理責任者会議
タブレット端末利活用推進委員会 委員
▼ 川越地区消防組合議会
議長(第27代)
議員
▼ 審議会等
土地開発公社 理事
上下水道経営審議会 委員
都市計画審議会 委員
初雁公園基本計画審議会 委員
放置自転車対策審議会 委員
廃棄物減量等推進審議会 委員
なぐわし公園建設委員会 委員
介護保険事業計画等審議会 委員
環境審議会 委員
社会教育委員 など
▼ 地域活動
川越市マレットゴルフ連盟 顧問
ひろやマレットゴルフ愛好会 理事
仙波小地区スポーツ振興連絡協議会 顧問
川越市鹿児島県人会 事務局長
脇田本町ソフトボール部 顧問
脇田本町グランドゴルフ愛好会 顧問
イーグルス(下広谷)相談役 など
▼ 特技・趣味
事業戦略立案・マーケティング・情報システムに精通
スポーツ観戦・ビリヤード・韓流時代劇鑑賞・家電
余暇には焼き鳥・芋焼酎をたしなむ

私の原点

枕崎・NEC・California・Citibank・川越

中原秀文のプロフィール

鹿児島県枕崎市の自然に囲まれて育ち、家族や地域の温かさの中で「人を大切にする心」を学びました。幼い頃から、どんな時も笑顔でいることの大切さを父から教わり、その姿勢は今も私の原点になっています。

大学卒業後、NECで社会人としての基礎を学び、その後、単身California(カリフォルニア)へ。言葉も文化も違う環境で、挫折と挑戦を繰り返しながら、「努力すれば道は開ける」と身をもって知りました。

帰国後はCitibank(シティバンク)などの外資系金融機関で企画・管理部門を歴任。厳しい環境で鍛えられた判断力とマネジメント力。そして40年以上続けている瞑想で培った“心の整え方”は、今の議会活動の大切な基盤になっています。

1995年、娘の誕生を迎え川越へ。家族とともに歩んだ30年の中で、地域の皆さまの声に寄り添い続けてきました。その小さな声を政策につなげることが、私の変わらぬ原点です。

地域の声に寄り添う中で、「もっと市民の力になりたい」という思いが強まり、2011年に初めて市議会議員選挙へ挑戦。多くの皆さまに支えられ、初当選を果たしました。

枕崎で育まれた「人を大切にする心」

1962年、鹿児島県枕崎市。海と山に囲まれた自然豊かなまちで、私は生まれ育ちました。地域の人たちが互いに助け合い、子どもを見守る温かい環境の中で、「人を大切にする心」が自然と身につきました。

幼い頃は決して裕福ではありませんでしたが、家族の愛情と地域のつながりに支えられ、“努力すれば道は開ける”という実感を少しずつ積み重ねていきました。

そしてもう一つ、子どもの頃から大切にしてきたものがあります。それは「笑顔」です。どんな状況でも笑顔でいることで周りの空気が和らぎ、人との距離が自然と縮まる──そんな姿を父が示してくれました。そしてその教えは、私自身も人生の中で何度も実感してきました。

NECで学んだ「誠実な仕事」と「笑顔の力」

大学卒業後、私はNEC(入社当時:日本電気株式会社)に入社しました。当時のNECは日本の技術を牽引する存在で、そこで学んだのは「基礎を大切にする姿勢」と「誠実な仕事の積み重ね」です。まだパソコンが一般家庭に普及する前の時代、技術者としての厳しさと面白さを肌で感じながら、社会人としての確かな土台を築いていきました。

この頃から、どんなに忙しくても「笑顔を忘れない」という自分のスタイルが確立していきました。笑顔は職場の雰囲気を変え、人間関係を円滑にし、チームの力を引き出す――そのことを実感した時期でもあります。

単身California(カリフォルニア)へ――挑戦と挫折、そして成長

25歳のとき、私は単身でアメリカ・California(カリフォルニア)へ渡りました。言葉も文化も違う環境で、最初は何もかもがうまくいかず、悔しさや孤独を味わう日々が続きました。しかし、そこで出会った人々との交流や、必死に学んだ英語、そして仕事での経験が、私の人生における価値観を大きく広げてくれました。

そこで学んだのは、「違いを受け入れること」「相手を理解しようとする姿勢」「どんな状況でも前に進む力」。そして何より、カリフォルニアの人の明るさに触れ、“笑顔は世界共通のコミュニケーション”だということを強く実感しました。

外資系金融機関で磨いた“判断力とマネジメント力”

帰国後は、Citibank(シティバンク)をはじめとする外資系金融機関で企画・管理部門の仕事に携わりました。世界基準のスピードと厳しさの中で、マーケティング、事業戦略、データ分析、組織運営――多くの経験を積み重ねることができました。

どれだけ大きな組織でも、最後に動かすのは“人の思い”だということ。そしてここでも、笑顔でいることがチームを前に進める力になるということを強く感じました。

川越での30年――市民の声が私の原点
中原ひでふみ川越市議会議員、衆議院議員の小泉進次郎さんと孫と共に

1995年、娘の誕生とともに、川越に移り住みました。このまちで新たな家族を持ち、地域の皆さまと共に歩んできた30年、私の人生の半分の期間になりました。川越は、私にとって“第二のふるさと”です。地域活動に参加する中で、市民の方々の小さな声、日常の困りごと、まちへの思いに触れる機会が増えました。

「現場の声を政策につなげたい」。その思いが、私を政治の道へと導きました。

心を整える――40年以上続ける瞑想

実は私は、20代の頃から40年以上、瞑想を続けています。十数年前にヨグマタ相川圭子さんの教えに触れ、心を整える習慣がより確かなものになりました。

忙しい日々の中でも心を静かに整える時間を持つことで、冷静な判断や、相手の立場に立って物事を考える力を育んでくれます。議会での議論や、市民の声を受け止めるとき、この“心の整え方”が大きな支えになっています。

そして瞑想は、笑顔を自然に生み出す心の余裕を与え、自然な心の状態へと導いてくれる、大切な習慣でもあります。

これからも、笑顔で、川越のために

枕崎で育った「人を大切にする心」、NECで学んだ「誠実な仕事」、アメリカで得た「挑戦する力」、外資で磨いた「判断力とマネジメント」、川越で育まれた「市民と共に歩む姿勢」、そして人生を支えてきた「笑顔」と「瞑想」。これらすべてが、今の私の原点です。

そして今、私が強く思うのは、次の世代へ、より良い川越を手渡したいということです。私たちが生きる“今”だけでなく、これから育っていく子どもたち、そして私の孫たちが暮らす未来の社会が、安心できて、温かくて、希望を持てる場所であってほしい――その願いが、私の原動力になっています。

一人ひとりの声に笑顔で寄り添い、現場の課題に誠実に向き合いながら、市民の皆さまと共に川越の未来を切り拓いていく。その思いは、これからも変わりません。

中原ひでふみ
川越市議会議員
川越市議会議長(第90代)・副議長(第78代)・議会運営委員会委員長・総務財政常任委員会委員長/川越地区消防組合議会議長(第27代)/川越市監査委員などを歴任