川越市議会議員
HIDEFUMI NAKAHARA
NEW!
9月19日更新
MY STORY
「瞑想」で心を整え…
はじめに、近年日本各地で頻発しております大地震や、線状降水帯の発生等による激しい大雨・水害など、相次ぐ自然災害により被災されたすべての皆様、そしてそのご家族の皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
現在も、生活基盤の復旧や不自由な避難生活の中で、多大なる困難に直面されていることと存じます。気候変動による災害の激甚化が進む中、川越におきましても「いつ、どこで災害が発生するか分からない」という強い危機感を持ち、地域防災体制の強化や備えの万全化を急ピッチで進めております。被災された地域の安全と一日も早い復旧・復興を、川越の地より強くお祈り申し上げます。
改めまして、こんにちは。川越市議会議員の中原ひでふみです。
朝夕の風にようやく秋の気配が感じられる季節となりました。皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
この夏、私は脇田本町や下広谷南をはじめ、地域の伝統であるラジオ体操や盆踊り大会など、多世代の皆様が笑顔で集う「現場の居場所」へ朝な夕な足を運び、皆様から直接、切実な声を伺ってまいりました。また、地域の仙波小学校育成会や中央小学校育成会の皆様からのご要望に対しても、役所への要望活動などを通じて、真摯に取り組んでまいりました。
私の普遍のポリシーである「財源なくして政策なし」の確固たる信念のもと、令和8年6月議会での一般質問(学童保育の19時延長の具体的検討、シニアの健康麻雀ルール現代化など)の具体的な答弁を反映した「最新レポート:中原ひでふみ活動レポート第39号」»が完成いたしました。ぜひあわせてご覧いただけますと幸いです。
👲 中原さん、いつも『財源なくして、政策なし』と言われていますが、それはどういう意味なんですか?
お金の現実を見つめるのは、予算を削るためではないんです。無駄を省いて生み出した財源を、子育て世代への投資やシニアの皆様の生きがいへ正しく回し、すべての世代の心に物理的な「ゆとり」を育てるためなんですよ。😊
👩🏻 口先だけの約束ではなく、本当に形にしてくれる『実務の力』が大切ですよね。
その通りですね。行政が「前例がない」と諦めてしまう壁も、確かなデータと現場の情熱があれば必ず崩せます。川越駅西口のエスカレーター(🏃)を6年越しで実現させたように、皆様の切実な声を一つずつカタチにしていきます!
👩 議会など忙しい毎日だと思いますが、ブレずに誠実に向き合える秘密はありますか?
毎朝2年続けているラジオ体操で活力をつけ☀️、40年以上欠かさない朝の「瞑想(🧘🏻♂️)」で心を静かに整えることが、私の誠実な実務を支える大切な礎になっています。そして何より、皆様との楽しい会話ですね。その中にこそ、街を変える大切な課題が隠されているんですよ。💡
次世代に誇れる川越の未来を、今の確かな政策で切り拓くために。これからも実直に歩んでまいります。市政に関するご意見、ご相談がございましたら、いつでもお聞かせいただけますと幸いです。
令和8年9月吉日
川越市議会議員
私、中原ひでふみには、議員活動15年の中で一貫して大切にしてきた独自の実行戦略があります。それが「Kawagoe-BRIDGE(川越ブリッジ)」です。
外資系金融の本部で培った「データに基づいた客観的な視点(確かな見識)」を武器に、「財源なくして、政策なし」の信念のもと、市民の皆様の切実な「現場の声」を、実現可能な「具体的な政策」へと繋ぐ「川越の未来への懸け橋」となります。
地域の安全対策から子育て投資まで、すべての実績はこの「架け橋」から生まれています。
平成7年、一人娘の誕生とともに川越に居を構えてから30年が経ちました。
家族を育て、今は二人の孫の成長を見守る――。
この街で暮らす一市民としての歩みこそが、私の政治活動の原点です。
私はこれまで4期15年にわたり、外資系金融の最前線で培った「数字を見る眼」と「戦略的思考」を、市政の健全化のために注いでまいりました。
まもなく議員活動16年目という節目を迎えます。
👲 いま川越は大きな転換期ですが、これからの地方政治には何が求められるのでしょうか?
『理想』を『形』に変えるための確かな実務力です。女性が活躍できる👩💻社会へと進む一方で、働きながら子育て👶できる環境づくりはまだ道半ばです。同時に、今の豊かな川越を築いてこられたシニアの皆様🧓への敬意を胸に、生きがいを持って暮らせる環境を守り続けることも、地方自治体の大切な使命だと考えています。
👩🏻 中原さん、40年以上も毎朝欠かさず続けている習慣があるって本当ですか?
はい!22歳の時から毎朝の『瞑想(🧘🏻♂️)』の時間を大切にしています。多様な意見が交わされる議会の場においても、常に心を静かに整え、一つひとつの課題に偏りなく、誠実に向き合うための大切な精神の礎になっているんですよ。😊
🤔 金融のプロなのは分かりましたが、プロフィールに『40年前に未来を設計していた』って書いてあるのはどういう意味ですか?
実は、22歳の時の卒業論文のテーマが『積層光回路(光電融合)』のデザインだったんです。当時はインターネットすらなく『本当にそんなことできるの?』と言われながら計算していた理論が、40年経った今、国が命運を懸ける最先端テクノロジーとして現実になりました!未来を先取りする確かな眼(知性)があったのかもしれませんね。💡
「子どもたちに夢を。シニアに生きがいを。」
この思いこそが、私の政治活動の根幹です。
どんな境遇にある方も、それぞれの感性で幸せに暮らせる街であるために。
そして、孫たちの世代に誇れる川越を引き継いでいくために。
通学路の安全を守るラバーポールの1本、グリーンベルトの1本にいたるまで、皆様の切実な声を背負い、一歩一歩カタチにしてきた歩み。
その15年の実績と30年の愛着、そして「財源なくして、政策なし」という揺るぎない信念を胸に、これからも皆様とともに実直に歩んでまいります。
鹿児島の農家に育ち、異国の地で視野を広げ、金融の世界で数字と向き合ってきた日々。そして今、40年以上続けている毎朝の「瞑想」が、私の政治活動を支える静かな礎になっています。
15年の実績と金融の知見を活かし、次世代へ誇れる街をつくる。そのための具体的なアクションプランを掲げています。
過去のメッセージ・アーカイブ